SMと日常を隔てるのは「マスク」じゃないかと思うことがあるわね。Mask、つまり「仮面」よ。

 人が社会生活を送る上で、いろいろな役割を引き受けていることはご存じのとおりでしょう。そしてその時々で、場面場面で、その場の目的や雰囲気や空気を読み取って、自分をコントロールして役割を発揮しています。私は、人間のそういう、状況に応じて自分を調整するインテリジェンスを、人間に与えられた美徳だと感じるわ。アリストテレスのいう「人間は社会的動物である」っていうのは、本当に当たっているわよ。

 でも、よく考えてご覧なさい。自分をコントロールする自分の中のその人は誰なの? あるいは、そういうコントロールの世界とは別の次元で息をひそめている、もう一人の自分はいないの?

 多くの人は、性的な夢や欲望を開放しないまま日常を送っているわ。むしろ、自らが抑圧者となって、自らの欲求や衝動を封じ込めているのよ。どうしてかって? 一般の社会生活は、性に触れないほうが都合のいいシステムになっているからよ。わかるでしょう?

 だから、とてもセンシティブな人は、社会生活を送る自分がマスクを被っているように感じているわ。マスクの下で、自分のリアルな欲求や感情がうごめいているのを感じているの。

 SMは、社会的なマスクを剥がして、リアルな自分へ還るプロセスね。そして、プロセスでありながら、真実の自分と合体する至福の儀式なのよ。

 一人の男性が私の前にいるわ。彼は私の手を借りて、自分のマスクを剥がしていくの。それは鞭打ちであったり、奉仕であったりさまざまだけど、そういうプレイの階段を上りながら、マスクを外し、真実の自分を現実にするのよ。

 でも、それは誰にでもできる行為ではない。選ばれた官能人だけに許された神聖な儀式よ。

 今日はここまでにするわ。あなたも、真実の自分に出会いたかったら、SMにいらっしゃい。待っているわよ。
 


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